才能ない脳

かわいい自分を演出するためだったのにいつのまにやらゲボの掃き溜め

ごめんね

□隣の芝生が青くみえたから

 ずっと違う人間になりたかった。自分自身がこの国における人間の標準の枠から外れていると気づいたのはいつ?そのときからずっと?いろんな人が羨ましかった。足の速い男子、絵の上手な女の子、進学校に進んだあいつ。世の中には、自分にないものが多すぎて、いつだって、自分が幸せだとは思えなかった。どうしてだろうね。僕は取り立てて不幸でもなく、ただちょっと、ずっと何かが足りなかった。世の中には自分よりももっと足りない人がいる、と飲み込もうとすると胃がムカムカした。そんなんじゃなくて、今すぐ僕を幸せにしてよって思ってた。

 僕は不幸でも幸せでもなかった。それは特別なことですらなくて、ほんと、つまんないよね。フツウになれないんだったら、せめて特別製にしてほしかったな。そうして、気づけば僕はメンヘラという異常性を獲得していた。要らんわ。クソかよ。

 こんなこと、考えないほうが幸せだとはわかっていても、ぐるぐるぐるぐる、思考は同じ回廊をまわってばかり。隣の芝生はいつだって青い。幸福な他人のことはいつだって羨ましい。怖い。もしいつか幸せになっても他人のことが羨ましかったらどうしよう。心穏やかに暮らせる日は来るのか。


ふくろうず「ごめんね」

□人生における幸福を語る死んだ目の友人

 僕らは以前、好んでホモの幸せって何だろうね、と話題にした。池袋のジョナサンにて。マウンティング回避のゴールドジム。五郎丸ちゃんにしてください。2時間後たっけぇプロテイン買わされて~みたいな話。会話のネタが人生規模に膨らんでいくにつれて、僕らは悲観的にならざるを得なかった。それでも愛を語る彼を僕は尊いと思った。

 だけど、今の僕は愛なんて信じてない。なにより自分を信じられない。ねぇ、ホモの幸せって何?パートナーシップ?ホームパーティー?そんなの知らない。2丁目は理想郷ではない。GOGOは現人神ではない。音楽は魔法ではない。人間の幸せは自己実現だよ、って教えてくれた人もいるけど、それこそ僕には縁がない。胸を張れる夢もない、し、たとえ見つけられたとしてもそれを実現する手段を持たないからだ。いつだって足りない僕は夢を見る。けれど、それは妄想と呼ばれるものと変わらないのだ。5分で変わる夢をかなえてどうするというのだ。まあ、漫画家になりたかったとか、死ぬ前にはきっと恥ずかしげもなく口にするんだろうな。寒気がするぜ。

 残された人間の幸福は快楽の人生。つまり楽しいこと、嬉しいこと、それらを断続的に摂取することで人生を幸福な感情で塗りつぶしてしまおうという手法。でも。快楽には耐性が出来てしまう。あの、何もセックスに限った話ではなくて。同じ映画では何度も同じ感動を得ることはできない。つまり飽きが来るということ。大好きなサーモンだって、いつかは食べ飽きてしまう。ああ、サーモン食べたい。


大森靖子「劇的JOY!ビフォーアフター」MusicClip/「Heavy Shabby Girl」Ver.

□死にたい、って死ぬまでに何回言えばいいのかな

 友人が死にたいという。わかる、と返した。酷く雑な会話だ。近頃の僕らはだいたいずっとこんな感じです。幸せがわからないから死にたい、だとか、幸せになれないから死にたい、だとか、こんな言葉を聞くたびに僕らは友達だって思えるよ。マジでクソだな。幸せな人間に対する呪詛しか口にしてねぇよ。他人の足を引っ張る社会ってこういう感情で作られていくんだなってなんとなく思った。

 金がないから死ぬしかない、これから不幸になるのがわかっているから死ぬしかない、と、働きマンに言われて、そんなことないよ、と返さなくちゃいけないニートの哀しさをどうかわかっておくれ。

 こんなこと、本当は口にしたくないはずだよね。本当なら、幸せな人間を祝福できるぐらい、自分だって幸せで居たいよね。だからこそ余計苦しくて、悔しくて、死んでしまいたくなるんだよ、ね。そうでしょう?でも死んだらダメだからね。どうせいつか死んじゃうから、それまではいつくばって生きてようね。ホモの幸せなんてわからなくても、きっと楽しいことはそれなりにそこらへんにあって、なんとなくでも生きていけると思うよ。たぶんね。だって君には才能があるもの。


SEBASTIAN X/こころ(Music Video)

□キラキラの中身が詰まっていると信じること

 ずっと違う人間になりたかった。自分の箱が嫌いだった。周りの環境にも満足できなかった。なのになんでだろう。僕は僕の中身に自信があった。キラキラの才能がきっと隠れてるって思ってた。豚のような箱の中には、それ相応のドロドロで腐った中身しか入っていないことに気づかないまんま長い時間を過ごしてしまった。箱は身体と顔で、中身は心と人生。だけど、特別なんかになれなくても、友達と回転寿司でサーモンたらふく食べながら、下品な話をして笑ってたとき、僕は確かに幸せだったんじゃないかなぁとおもいます。マジで豚だな。あ~あ、平等なのは時間だけ、って、時間すら平等じゃないと思うね僕は。だっていまさら気が付いたんだもの。もう取り戻せないものだけど。

 ねぇ、これから、なんてあるのかな。また、なんて、あると思う?

 「今の自分が好きだから、違う人間にはなれなかったけど、これでいいと思います」

って言いたい。いつか言いたい。愛とか信じてみたいもん。