才能ない脳

かわいい自分を演出するためだったのにいつのまにやらゲボの掃き溜め

大人と子供 (初夏のテーマ)

 どうにもうまくない。変わらず、気持ちのほうが穏やかでない。

 昨日の記事は、ごめんなさい。嫌な思いをするひともいると思う。でも、僕は過去の自分が無責任にも放りだした言葉と決着を付けたくて、もうそんなことは終わらせたくて、昔の日記から引っ張ってきたんだ。現実がどうにもうまくいかなくても、惨めだって、死にたくないよ。今の僕には生きていてほしい人がたくさんいるんだ。

 本当はむしろ、気持ちが穏やかでないときに筆記療法的な癒しを求めて日記を書いているのだけど、よくないのかな。助けてほしい気持ちを、いっぱいいっぱいな心情を、自分の中でそれらしいロジックにあてはめようとしているのだけど、これが頭でっかちと言われてしまう理由なのかもしれないな。無理矢理に意味とか原因だとか、探さない方がいいのかもしれない。こんな思考弄りよりも、紙粘土とかで工作でもしていた方がいいのかもな。

 はて、僕はなんなんだろう。労働が出来ないほど神経の調子は悪いみたいだけど、なにかできることはないのかな。こんな日々にも意味はあるのかな。そんなものないよって言いきってしまった方が楽なんだろうな。あったらいいな。自分で、作れたらいいな。それがいちばん素敵なことだと思うんだ。

 すごく不安だよ。生きているあいだはずっと落ち着かないような気さえするんだ。もう普通とかまともだとか、そんな風には生きられないだろうけど、まともじゃない人生を受け入れられたなら、少しはやりようもあるんじゃないかな。それは残っている数少ない希望みたいだけど、でも悲しい気持ちはまだここにいるんだ。あきらめることとうけいれることはたぶん違うから。まだしばらくは動けない気がしているよ。

 

 たぶんいつものように一瞬で消えてしまう気持ちだろうけど、大好きだよ。