才能ない脳

かわいい自分を演出するためだったのにいつのまにやらゲボの掃き溜め

出せなかった手紙

数年前に書いたと思しき、ある人へ向けた手紙を見つけた。

 

拝啓、Sちゃんのお母様へ

 

こんにちは。ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか。

突然こうして手紙などを書いてしまって、受け取られたお母様は困惑しているかもしれません。

私自身、ある種突発的な衝動で筆をとっています。今の気持ちを手紙にすることで、自分の感情を整理したいだけなのかもしれません、ひとりごとに付き合わせるようで心苦しいのですが、読んでいただけたら嬉しいです。

 

度々私が飼い犬の散歩をしている時に声をかけてくださったこと、嬉しかったです。

「元気にしている?」と気さくに話しかけてくれる人は、家族以外とは殆ど会話のない私の毎日の中で、とても貴重な存在でした。

ただ、その度にどうしても聞けないことがあって、手紙なら打ち明けられるだろうか、と、こうして下手な字で言葉にしてみることにしました。

 

「どうしても聞けなかったこと」というのは、Sちゃんのことについてです。

ご存知のように、中学を卒業後、私はSちゃんと同じ〇〇高校へ進学しました。同じ中学から3人進学した中で、私だけが違うクラスで、初めは心細かったのを覚えています。私は2学期から殆ど学校に行かなくなりましたが、時期を近くしてSちゃんも学校を休むことが増えた、とあとになって聞きました。私はもうその頃にはSちゃんと話すことはほぼなくなっていましたから、彼女がどうして学校に行けなくなってしまったのか、正直、今でもわからないのです。

ただ、卑怯者の私が気にかけているのは、Sちゃんが学校に行きづらくなってしまった原因のひとつに、私が関係しているのでないかということです。Sちゃんは私と違い、きちんと友達もできて、部活動も頑張ったいたように見えました。私が自身の精神疾患を理由にきちんと学校へ通うことを放棄したことで、Sちゃんは頑張ることをやめてしまったのではないか、と。それとも同じ中学から進学したというだけで、私が悪目立ちしていたことに巻き込まれてしまったのだろうか、とも。それがとても心苦しくて、ずっと聞けずにいました。

 

たぶん、私は、そんなことないよ、という言葉を期待しているのでしょうね。

でもどうしても、無関係とは思えなくて。日に日に薄れていく高校時代の、心残りのひとつです。

Sちゃんが学校を辞めてしまってから、時折漫画の貸し借りをして、会えることが本当は嬉しかったのです。ただ、ちゃっかり私は高校を卒業するまで続けてしまったので、(いろんな人の手助けがあってこそですが)Sちゃんは本当は会いたくないのだろうな、とどこかで思っていました。

 

今はSちゃんは静岡市でデザインの勉強をしている、といつか話してくださいましたね。

小学生の頃から、Sちゃんはとても絵が上手でした。私は羨ましかったです。学校中で嫌われている私とも絵のことで話をしてくれるSちゃんがとても好きでした。

Sちゃんが今、元気で過ごしている、らしい、ことが嬉しいです。

 

一部修正を加えてはいるが、おおよそこのような内容だった。結局この手紙を出せなかったのは、母親の検閲によって止められたせいなのだが、今では出さなくてよかったと思っている。母の言うところは「あまりに主観的すぎる」「本人たちでもう決着がついた問題を第三者が蒸し返すのは不躾にすぎる」とのことだった。

 

昨日、Sちゃんが夢に出てきた。どんな役付だったかは忘れてしまったけれど、目が覚めてからなんとなく悲しかった。