才能ない脳

かわいい自分を演出するためだったのにいつのまにやらゲボの掃き溜め

きらいなもの:じぶん、賢そうに振る舞う馬鹿、頭悪そうなことしか言わない高偏差値、安直な類型論、無知による関連付け、自身の善性を過信している凡庸、父親、エトセトラエトセトラ、たぶんこの世の美しくないものほとんどすべて。

 

今日の絶望:もう30手前で代謝が落ちていること。たびたび生活ってなんでお金かかるの、つまらないのに、という話をしているが、それらつまらない生活のランニングコストさえも僕が労働して得た金では構成されていない、両親に依存しているということ。母親ですら僕の疾患について歪んだ理解しかできていない、あまり触れられてこなかったけれどADHDがあることや、気分障害双極性障害Ⅱ型がなんなのか、前主治医に否定された統合失調についてのこと。あんたが普通に働いてたらもっと暮らしに余裕ができただろうし貯蓄だってできた、という、もし発言の主体が父親だったら確実に殺害していたであろう暴力性を含んだ発言を朗らかにのたまったこと。流行り病と気分本位な生活のせいで就労移行支援事業所を利用しても就職ができないということ、及び、それに付随して実家に帰らなくてはならなくなる未来のひとつが現実味を帯びてきたこと。松下さんに支持者がいること(理解者ではないことがせめてもの慰め)。信岡さんが醜悪で恥知らずなこと。たぶんこんな気持ちもしばらくしたら忘れるということ。

修羅と荒野

◽︎春の嵐

特になにも、ほんとうに、特になにか言葉に残しておきたいようなことがあるわけじゃなくて、ただ日々とは、LIFEとは、人生とは、そんななんの特別さもない1日にこそあるんじゃないかな、なんておもうわけです。祈り。

流行り病のせいで色々とおかしな世の中になっていますが、どうか皆様の暮らしが、日々が、人生が、損なわれても、つらい思いをすることになっても、続きますように、続いていきますように。そしていつか、また怯えずに、笑って暮らせるようになることを願っています。

 

◽︎2020年4月1日

今日は記念日です、僕ではなく、ほかの誰かにとっての。

僕がよく使う出会い系アプリには「人気ユーザー」という機能があって、その日1日、ログインするたびに人気だと判断された幾人かのユーザーのリストが表示されます。今日はそのリストの中に、前にずいぶんと優しい言葉をかけてくれた知人を見かけたので、メッセージを送ってみました。やりとりのなかで、「はじめての人気ユーザーだから、記念日だね」と僕が送ると、彼は、彼にとっては特別であろう話をしてくれました。

今日から全国の13の自治体で「同性パートナーシップ制度」が導入されました。今日、彼の兄とその恋人はさいたま市で、正式にパートナーだと認められたのだそうです。「だから、記念日、いろんな意味でね」なんて言うから、僕は少し、なんとなく、嬉しいな、とおもいました。彼がそういった制度を国や自治体に認めてもらうための活動をしていたことは知ったいましたから、彼にとっても夢がひとつ、叶ったことになるはずです。ああ、うつくしいものをみた。

 

◽︎愛は、

僕はといえば、昨年末から同棲していた恋人と、先日、正式に別れることにしました。けれど、すぐに出ていけとも言えない経済状況なので、もうしばらくはこの狭い部屋で2人で暮らすことになりそう。

インターネット恋愛から、熊本で仕事を辞めようとしていた彼を静岡に呼んで、クリスマスイブに間に合うように高速を飛ばしてきた彼と、そのままここで暮らし始めてからの3ヶ月間、手放しで楽しかったとは言えないかもしれないけれど、あの、なんていうか、たぶん、忘れたりしないよ。

やっぱり僕は愛とか恋とかで総て赦されるほど綺麗には生きてこれなかったけれど、でも、しあわせだとおもう日もあったし、愛は、在るだけのもので、過程のなかでは気付けないようなものだったけれど、結果としてここにに残るものがあるなら、きっとそれが、

憐憫と断絶

◽︎いつまでも変われないのに終わりはあるんだね

 デニーズに来ないとブログが書けない病気になってしまった。今日は林檎のパフェ(キャラメル林檎のザ・サンデー)を食べながらこの記事を書いている。図書館でも自室でも、なぜだか落ち着かない。自室でも落ち着かないというのは、いや、どうなんだろう、本当は、本当なら、自分の部屋を楽園にしたかった、マイルーム・マイステージ。泉まくらのアルバムのタイトルだ。このところよく聴いている、フォロワに教えられたから。泉まくら、といえば、ぶたきのちゃんの家に泊まりに行ったときに「眠る前には泉まくらを聴かないと眠れない」と言っていたことをぼんやり思い出す、そして幾人かのわからなかったひとたちのことを、想う。けれどそれらはいつだって本題ではない。ていうか本題なんてない、自分を、言いたかったことも、大抵はすぐに忘れて、見失う。目先の感情と主観による独善で生きている。生きている、言葉にすると不思議だ、死は救済だと思うこともだいぶ減った。生きている、たぶん、もうしばらくは。

 

◽︎コミュニティを捨てよ、そして生活へ

 DUBPOPNITEに行かなかった、あの夜、あんなに素敵な夜はもうこないと思っていて、楽しみ方がわからなくなっていたので。今日は大森靖子ナイトがあるらしいけれど、情報を得るのが遅かったので行けない、悔しい。

 twitterのゲイアカウントを消したり、また作ったりを繰り返しているうちに、人間関係がブツブツと切れた、もとより、インターネットの人脈みたいなものを信じられなくなっていたこともあり、敢えて繋ごうとはしなかった。それでも出会い系アプリは続けていて、なんなんだろ、とも思う。ゲイでいたい自分と、もうそんなもの(ゲイコミュニティ)に関わりたくない自分とがいて、今はわりとどうでもいい。エモか性欲しかない、と、たしか少し前に言っていた気もするけど、今は暇潰しと性欲が殆どを占めている。エモについてはもっと素敵な空想を知った。精神疾患を認めない多様性さんたちのなかでクソおもしろくない道化ごっこをするよりも、それぞれ違う息苦しさとおんなじさびしさをもったひとりぼっちの群れの中でボヤボヤ意味のない女子大生ごっこをする方がよほど気分がいいんだもの。東京へ焦がれることも次第に少なくなり、今はのっぺりとへばりつくやるせなさをどう取り繕って茶化そうか思案している。

 

◽︎わかってくれるひとにしかつたわらないじゃないですか、わかってくれないひとにわかってもらおうと期待するのも変な話だし

 僕が今通っている就労移行支援事業所にひとりゲイがいる。仲良くはない。彼は自身が障害者向け福祉サービスを利用していることに対してあまりに自覚がない、と感じるほど、所謂「意識が高い」振る舞いを見せている。発言と行動が伴っていないので、滑稽に映る。彼のtwitterはフォロワーが多く、ツイッターアイドルのつもりでいるようだ。あまり視界に入れたくない。自己肯定感が死んでいるのに自己愛と自尊心が肥え太ったバケモノみたいだ。かまってちゃんかつ察してちゃんなのでとてもダサい。あなたが私たちを軽く見ている以上にわたしもあなたを軽蔑していますよって言いたい。出会い系アプリでは先制ブロックされているのだけれど、ツメが甘いのでtwitterのアカウントは筒抜けである。ときどきアホほど病むのでそこだけは面白い、コンテンツとして。あと目が死んでる。

 

◽︎ツラちゃんの『愛だの恋だのでしあわせになれる(だけの人間性がまだ残っている)か?!』チャレンジ

 どんどこさまはかみさまで、ぴちゅんはごしゅじんで、そめたんは推しカプで、たいちゃんはかわいこちゃん。もうそれくらいの希望、すきなひと、残ってる恋もどき。トニちゃんはいつだってわかってくれるマイフレンドで、きむらちゅゎんはどんなにまちがっていてもずっと絶対で、もうあとのひとはどこかで元気でやってくれてたらいい。かつての恋人たちには未練はないけど、たまにふと恨み言を言いたくなるときがある。バカにしてきたヤツらは全然今でもブチ殺したい。(でもすぐ忘れる)通り過ぎていった人々も、それに纏わるエピソードも、グッチャグチャの感情も、なんだったんだろう。だけど、みんなどっかで息していてよ。そんで僕のことをもし思い出すことがあれば、苦い顔をあなたがしてないといい。

 これからの日々が、毎日が、花咲くみたいに彩られて、いつかくる終わりのそのときも、大きな花束が胸にありますように。愛しているよ、赤の他人なままのマイフレンド。

 ※これは祈りです、不安しかない、これからのための

 

◽︎Youth

 もう若くはないのだろうけど、懐かしく思うような若さは僕にはなかった。経験できなかった。これは17才が人生のピークだと思っていた20才の自分とおんなじ感傷だとおもう。後悔はしていない、反省は生来できない性分だ。生活が続いていく、身体が老けてゆく。残せるものなどなにもない、どうにか自分を正当化したくて足掻いていたことも、ちゃんと覚えている。何者にもなれなかったけれど、なんの価値もない人生だったけれど、生きている、生きているが続く。

執着と破産

◽︎脆弱な、自/我/境/界

何度も何度も、同じ話で申し訳ないとはおもっているんだ。だけど、ツラちゃん、聞いておくれよ、きみは知っているだろうけど、僕はとてもダメなんだ。次の2月で28になる、なにも状況はよくなっちゃいない、むしろ行き詰まる一方だ。どんどん願ったものからは遠ざかり、まともだとかふつうだとか、もう一生縁がないような気持ちになるんだよ。惨めだ。ねえツラちゃん。どうしてだろう。僕はもうシンガーソングライターになりたいだとか、同人作家になりたいだとか、愛だの恋だのでしあわせになりたいなんて、そんな希望も歯を食いしばって切り捨てたのに。どうしてこのなんの面白味もない生活を維持することすら叶わないんだろう。それが精神障害者に科せられた、定められた末路なのだろうか、だとしたら、ああ、だけど、だとしても、社会を恨むよりも、僕はどうしても自分を憎まずにはいられないよ。ツラちゃん、僕はどうしてこんなことになったんだろう、どうすればよかったんだろう。ツラちゃん、道行く人にいちいち劣等感を覚えて、まともに目も合わせられずに死を想うのは、もう嫌なんだよ。

……近いうちに、実家に帰るよ。あの街には何もない、ここよりもずっと終わっている場所なんだ。インターネットだけが本当で、あとはただただ終身刑と変わりのない日々だよ。そうなれば、もうなにもいらないし、なにも望んではいけないのだろうね。そしていつか、きみが話していた孤独なキモいオッサンに、僕もなるんだ。

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お金の話はあまりしたくない、だってダサいから。なにがダサいってこの歳で親の収入で暮らしていること、でもそんな生活も当然長くは続かなくて、もうじき終わりそうです。父親が自己破産をしろとうるさい、ので、■んで欲しい、きらい。家族の話もあまりしたくない、一見するとなんの問題もないようにみえるだろうから、こんなにも歪んでいるのに、伝わらないから。先日は父親と電話で酷い口論になった。仏壇燃やしたときと何も変っちゃいない、クソな僕、クソな父親、的外れな母親、行き詰まり。2年前に障害年金の一時金のうち250万を母親に預けたところ、仏壇を買い直した金に充当した、と聞かされたときに感じた憤り、え、僕が間違ってるんですか?だって、僕はそんなもの少しも欲しくはなかったのに。オマエ今みたいな生活してたら一生自立なんてできないよ、って言われました、あたまのどっかでその通りだと思いながら、どうやってこいつを苦しめてやろうかななんて考えていました。なんで生活ってお金かかるの、楽しくないのに、望んでないのに。もうひとつ聞いていい?死ぬこと以外にこの生活を終わらせる方法ってあるの?

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ワイドショーが嫌いだった、たぶん、物心ついたときから。自分が世間一般でいう、普通から外れていると感じたときから。いつか自分の卒業文集に書いた作文が、リポーターだか司会者だかの口から読み上げられるのだと信じて疑わなかった。確信があった。

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“真実の愛” は、たびたび空想上の物語において、あらゆる呪いに対する特効薬として用いられる。しかしながら、我々が生きている世界とは尺度の異なる座標にあるため、我々は“真実の愛”そのものに出会うことはない。どれほど幸運な人間だとしても、触れられるのは“真実の愛”がこの世界に落とした影のようなものだけである。

よって、我々にかけられた呪いが解けることはない。つまり、我々の人生は、肯定されることも、許されることもない。

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……好きな、ひとがいたんです。たぶん、ですけど。あの、なんていうか……ホモの恋って、どう取り繕っても少女のそれのようには美しくなれなくて、すこし、さみしい、ですね。だって、そのひとと知り合ったのも、出会い系アプリなんですよ、もうイントロから間違ってるじゃないですか、でもそれしかないんですよね、偶然だとか運命だとか……そんなの、縁が、なかった、なぁ。

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ただ なにもない まっしろな りかい

砂漠と救済

◽︎逃亡

ODしたけど死ねんかってん、せやけど、布団はゲボまみれやで

 

◽︎死んだあとの地獄について

「死んだら楽になれると思ってるの?」だとか「きっと地獄だよ」とか無責任なことを言って無駄にわたしを死なせまいとしてくる母親や妹たちは自分が天国に行けると思っているのかしらね、死んだら何にもないんですよ?死後の世界なんてあるようでなくて、たとえあったとしてもそこではなにもかもがない、きっとハードウェアたる身体さえも現世に置いてゆかなければならないのだから、記憶だってない、なにもない、なにもない、だからわたしはそこではじめて救われるんだ、なにもない場所にはわたしさえいないのだから、わたしはわたしを手離してはじめてすくわれるんだ、だから

でもじいちゃんは……?じいちゃんはどこにいるの?

 

◽︎生きている地獄について

死んではじめて救われるとかゆってるけど、楽になれるとも思っていない、ヘタしたら死ぬ瞬間が永遠に固定されて死のままずっと死に続けるのかもしれない、こわい、意味わからん、生きていてもひたすらに退屈だし社会、世界に適応して生きられるような希望がないのでここは果てのない砂漠のようだと感じました、喉が渇いたよ、身体は重いよ、砂の海、どこへもたどり着けない、砂漠砂漠見晴らしのいい砂漠、て結局精子、くだらんな、なにが孤独を孤立させないだよ適当なことばっか言いやがって、こんなにも一人だし、あんたがわたしはそんなことでは傷つきませんよ〜アッピルしてんの見るのも嫌だわ、違う言語だから伝えようとしても意味がないじゃねぇよ、ハズれて行ってるのはあんたの方だよ、サボんな、ちゃんと傷つけよ、バカか代、新世代言葉の魔術師って要するに詐欺師じゃん、あ、ヘイトの対象が自己から丸森さんに移行した、憎むのは疲れるよね、やめようね

 

◽︎アイネ・クライネ・ナハトムジィク

上記のようなことばかり考えてる、要するにODから帰ってきてもなにも変わらないということ、死にてぇんだよ、カスが代、優しいフリでセックスしたいだけならハッテン場行けばいいじゃん、なにそのプライド、めんどくせぇなどいつもこいつも、ただのセックスの前に模擬恋愛みたいなやりとりをしたがりやがる、クソが代、愛なんてない、どこにも、あったとしてもそこはレイヤーが違うのでわたしには縁がない、せいぜい触れられるのはセックスだけ、つまんな、しょーもな、早く脱げよ、優しさなんてそこには要らないよ、ただいきなり指三本突っ込んでくるのは勘弁な、某ゲェバァのママ?はセックスうまかったな、許可なしで中出しされたけど、優しい顔して死んじゃダメだよとか吐かして自分の意に沿わないとすぐにブロックするお前が嫌いだよ、お前だよお前、殺すぞ、殺すぞといえばアームカッターコウタちゃんもコロコロしたいですね、いや別にどうでもいいんですけど調子乗りすぎじゃないですか?死んで欲しいですね、ムカつくものばかり視界に入る、鬱陶しいな煩わしいな、せかいぶっこわれないかな、中学生かな、幼児退行かな、どうでもいいわそんなん、分析すんな、わかった気になるな、わかんね〜健常者は死ね、どうせ分かり合えないし、邪魔だから障害者も死ね、わたしはわたしでこんなにもご病気なのに、頭の中の健常者スキーマがときどき社会としての規範みたいなものを唱えてくるからクソ、なんでこんなことでぐるぐるぐるぐるドツボにはまってまで生きてなきゃいけないの、なんでODしたのに死なせてくれなかったの、大人しくあそこで終わってればよかったのに、なんで生きてんの

橙色と曇空

◽︎Tiny Bird

そこそこ高いヘッドフォンがぶっ壊れた、ブツリ、と、左耳からしか音楽が聴こえなくなった、おそらくは雑に扱っていたから、ADHDにありがちなカバンがパンパンになるまでモノを詰め込んでしまう、過程で内部の配線が切れたとかそんな感じなんだろうな、どうでもいいけど、どうでもいいけどさぁ、腹立つんですよね、おれのこと無視する元カレも、ブサイクなくせにそこそこちやほやされて調子に乗ってるアレも、出会ってすぐに好きとか言えちゃう幼さも、有識者ぶってる有象無象も、ポッドキャスターも、オシャレ番長も、音楽博士も、深淵の向こうから高みの見物だけしてればいいのに触手をのばして自身の領地を拡張している邪神様も、なんの話?

 

◽︎Re:Re:Love

O森靖子が嫌いとか言ってるメンヘラはそもそも自分しか好きじゃないんでしょ、とっくのむかしにわかってたことでしょ、ねぇ、そんな自分さえちゃんと愛してあげられないんでしょ、自分がいちばんかわいくていちばんかわいそうなんでしょ、だから自分と違う他人の存在するスペースを許せないんでしょ、知ってる、あたしもおんなじだから、ね、素直になっちゃいなよ、音楽なんて別に好きじゃないでしょ、お手軽な救済が欲しかっただけでしょ、わかってくれないわかってくれない、ノスタルジックK-POP(ハングル)、でも戦慄かなのはガキ臭いので好きじゃないでーす、で、なんの話?

愛を履き違えたせいではないよ、きみとぼくとあの子と大森靖子は別々の生き物だってだけの話だよ。フツウのしあわせまもるの、もうやめて、

 

◽︎Summer Gate

夏は嫌い、暑いので、もう来なくていいよ、って毎年言っているのに、そういえば、昨日、今年初めて花火を見ました、蝉が死んでるのを見てエヴァンゲリオンの最終話を思い出したりしました、生きるのがイヤになりました、もしもこれから奇跡みたいなことが起きて、僕の人生の怠惰を総て赦してくれるなら、僕の無意味を総て肯定してくれるなら、そんなことを期待することに酷く疲れ果ててしまいました、死にてぇんだよ、クソが代、ったって死ねるわけじゃない、今もまだ胃が痛い、死にたいは死ぬのが苦痛ではないという意味ではないように、なにもしたくないはなにもしないのが苦痛というわけではないんだそうで、なにもしできないままクソみたいなジジィになって死ぬ、生活保護でゲェバァに来てるあのオヤジを市役所にチクらないのはあれがいつかの自分に見えるから、駅前の地下通路の端でシケモクをフカしてるあのホームレスを蹴り殺したいのはそれがいつかの自分に見えるから、ねぇ、僕等どうしたらよかったんだろう、ねぇ、これから____になれる希望はあるのかい?

twitter見てなくて本当によかった〜2019 summer edit.〜 feat.honey Δ

 

◽︎Over The Heat Treatment

処暑を過ぎて思うこと、無理にでも夏至に死んどきゃよかったな、そこが芦花公園でなくても、そこになんのドラマチックさも、美しさもなくても、カウンセラーに理想が高すぎて生きづらさを感じていると言われ、家に帰ってヴォイ泣きしたけど、理想もなにも、人として軸がぶれている、というより、人として軸がない、し、これからをマジメに考えるためのモデルケースがないので、理想とするものの核がないんです、どこにも、だから、どうやって生きたらいいのか本当にわからないんです、シンガーソングライターにも同人作家にも、小学生の作文レベルの夢しかなくて、自分ができる範囲でなりたいものが思いつかないんです、だれかどうやって息をするのが正解だったか教えて、そしてこれからどうやって息をし続ければいいのか教えてよ、具体的にはホモのくせに統合失調感情障害もしくは双極性障害精神障害福祉手帳持ち(2級が望ましい)で20代まで定職に就いたことがなくて東京なんて関係なくて音楽的素養もなくてアニメやゲームの非現実に没頭してるわけでもなくて実家が太いわけでもないのにそれなりにまともに社会に適応しつつ楽しく生きられているひとを紹介してください、いるわけねぇだろ、とわたしは思うわけです、そうじゃなかったらモノ好きなメンヘラ専デブ専の高所得イケメンホモ(30〜38歳ほどが望ましい)を紹介してください、恋なんかじゃ救われないことはもう十分にわかりましたので、身体ならいくらでも。

 

◽︎Pretender

どんどこさまがどんどこさまがどんどこさまがどんどこさまがどんどこさまのどんどこさまによるどんどこさまのための………………乱パ?(ねぇ)君の運命のヒトは僕じゃない〜〜〜♪♪号泣(ToT)君は綺麗だ〜〜〜♪♪大号泣(ToT)(ToT)(ToT)

そんなダッサい記憶をだいじにだいじにしていたのに、他人の手垢にまみれて汚れちゃった、もう棄てようかな

 

◽︎introduction

自分の暮らしに年間いくらかかっているか考えたら年金合わせて320万くらいかかってた、年収いくらやねん、ウケるんだが、結局自分と他人を比べてばかり、しあわせも不幸も確たるものさしがないから、僕は言うほどツラくないです、そう言わなくちゃならないんでしょう、世の中にはいくらでも不幸が、もっとツラい人生がいくらでも転がっていて、親の金で生活できている僕はしあわせなんでしょう、でもこんなにもって、テメェら健常者にはわかんないよね(いつもの仮想敵)、ねぇなんで

はじまらないから、はじまらないまましぬ

神様と打算

◽︎他人のことになんて構ってる余裕はないのに他人のどうでもいい発信にいちいち足をとられる

死んじゃいたい気持ちもわざわざセルフ検閲にかけてぼんやり違う言葉に置き換えてみたり、商業レベルに乗ってないとかいう誰かが作った大嫌いな悪口を転用したくなるくらいクソな気持ちもそのまま言えなくてふんわりどうせ自分が悪いんですよねみたいな論点で話さないと誰も聞いてくれないと思ったのにそんなことに気をつかってみてもどうせ誰も見てない。

 

◽︎呪いをかけられた話

じゃあどうしたいんですか、って聞かれたから、なるべく、なるべく普通になりたいんです、ってかろうじてこたえて、それで、難しいでしょうね、って言われたときの気持ちはきっとおまえら健常者にはわかんないんでしょうね。わかんなくてもいいけど、もう、開き直って生活保護でも貰いましょうかね。なりたくなかったものにしかなれない人生でしたね。とっとと死にてぇんだわ、クソがよ。

 

◽︎わからない人間相手にわかってもらおうとしすぎ:犬笛

友達がいない。問題は、いなくてもただ生きるだけなら問題なくできるということ。

でも大丈夫。僕にはイマジナリーフレンドのトニちゃんがいてくれますので。

歌声と視界

正式タイトル「精神障害クソニート(ホモ)が新宿patchworkに行ってきました」

注)これは個人の感想です。

 

◽︎新宿patchworkとは

新宿二丁目でライブやっちゃいます!「音楽なら何でもオッケー!」新宿PATCHWORKはジャンルも編成も不問、音楽会でライブなイベントです。お酒を飲みながら皆で音楽を楽しもう!2019年7月20日(土)、13時から開催!(公式ツイッターより)』

新宿二丁目にある九州男というスナックで行われる、ゲイを中心とした人たちが(セクシャリティ不問とのことですが)音楽を楽しむライブイベント、だと思います。

 

◽︎行くことにしたきっかけ

・僕が憧れているぶたきのちゃんが、以前、LINEで「7月に二丁目で弾き語りする」と言っていた(正直忘れていた)こと。

・新宿patchworkの公式アカウントがたまにTLに流れてきて、あ、きのちゃんが言ってたやつってこれじゃん、と思い、いろいろと見ているうちに興味をもったこと。

・寿司ボのギターどんなもんかな、という半ば悪意ある好奇心。(のちにこの自らの悪意に殺されることになる)

・音楽が好きだと自称している僕自身の自己認識(セルフイメージ)を強化するため。

・会場に行けば昔の友達に会えるかもしれない、という期待。

・ワンチャン新しいともだち、と呼べるような人間関係ができないかな、という淡い期待、つーか下心。

・たまたま臨時収入があった。

ほぼぜーんぶの理由が自分のため。エゴ。でもイベントなんだからそれでいいよね、とも思う。

 

◽︎新宿patchwork、当日

ひとりで行って楽しめるかどうか不安だったので、いろいろと声をかけて回ったところ、たいえんボーイが一緒に行ってくれることになった。13時開場とのことだったので、12:30に新宿三丁目駅で待ち合わせをしたのだが、お得意のADHDっぷりを発揮ししょっぱなから遅刻をかます。当日は曇天で蒸し暑く、この時点でかなり汗をかいていた。

13時ちょうどに会場に着くと、やたらえっちなかわいいデブ?ガッチリ?のひとがいた(たいえんボーイがこっそり誰だか教えてくれた)。2000円払って再入場用の缶バッチとドリンクチケットを受け取り、まだ出演者たちがまったりしている客席の後ろ側に陣取った。座る。ウッ、なんだろうこの猛烈なアウェイ感……歓迎されていないような感覚……被害妄想か?

ここでいきなり僕の機嫌が悪くなるのだが、主催者側から喫煙は後ろのカウンター席で、とのアナウンスがあった。そのとき僕はちょうど煙草を吸っていて、「吸われてる方もいるのにすみません」という言葉で、その場にいた人の視線が少しばかり僕に向けられた。なぜか恥をかかされているような気分になった。別に誰も悪くないのに。そう頭では理解していても、顔が赤らむのを感じた。びょうきじゃん?
しばらくすると、ひとりめの出演者がmcを始めた。歌う。聞いている。なんとなくノっているように体を揺らす。どうしよう。LIVEに来るようなテンションで来ちゃった。なんか自分がズレてる気がする。

ふたりめ。知人のたろーちゃんがベースで出ている。各パートの音量のバランスが気になる。ボーカルが埋もれてしまっているような?詞がよく聞こえない。あっ、丸サだ。喉が乾いてきた。

ふと、自分の感じている居心地の悪さの正体に思い当たる。あれは大学時代、付き合いで行った軽音サークルの定期ライブのことだった。呼ばれて行ったのに、その軽音サークルにはなぜか僕のことをめちゃめちゃ嫌っている人がいて(僕からしたら知らん人)、「なんでアイツいんの?」「アイツ呼んだの誰?」とか聞こえるように言われた。(胸糞悪かったのでソイツが演奏してるときに「「「がんばれー!」」」とヤジ飛ばしてやった)

そんなことを考えていると頭が痛くなってきた。たいえんボーイが僕を気遣って「煙草吸いに少し出る?」と言ってくれた。まだ2組しか見ていなかったけれど、頭痛には勝てないので外に出る。普通に煙草も吸いたかったし。

外に出ると、ムワッとした暑さが立ち込めていた。お腹が空いたので、たいえんボーイに「なにか食べない?」と聞くと「さっきおにぎり食べちゃった…」と言うので、とりあえず2ベロで休憩することにした。

2ベロでは、たいえんボーイと最近のことや、とりあえずの感想などについて話した。たいえんボーイは楽しそうだった。僕が感じていた居心地の悪さについて伝えると「まあ、身内ライブってそんなもんじゃん?」みたいな返事が返ってきた。わかってほしいとも思わないけど、あ、また伝わらなかったな、とも思った。そのとき僕は帰りたくなってしまったのだけど、たいえんボーイに「帰ってもいいけど後悔すると思うよ」と言われた、どういう意図だろう?

はっちゅくんとりゅうくんのオバサンが見たかったのだけれど、話し込んでいるうちにだいぶ時間が経ってしまっていた。最悪、きのちゃんの弾き語りが見られたらそれでいいと思った。たいちゃんはスシボの出る、鴨のコンフィが見たいと言っていた。それは僕も見たい。

なんだろう、なにか間違えてる気がする。たいちゃんと話していても噛み合わないし、今日は調子外れなことばかり言ってしまう。ようやく会場に戻る頃にはきのちゃんの出番が始まろうとしていた。

きのちゃんはすごかった。本当に、息を飲むようなパフォーマンスで、会場の空気が一瞬で変わった。シャウトが様になる弾き語りってメタクソかっこいいな。やはりきのちゃんはライブ慣れしているので、mcがちゃんと面白い……。

ここにきてやっと、僕も素直な気持ちでイベントを楽しめるようになっていた。何組かの演奏を楽しく聞いて、鴨のコンフィ、スシボの所属するバンドの出番がきた。

(セルフ検閲により削除しました)

次の出演者は火山功士、かっぴーの一人芝居とのことだった。ここで、たいちゃんがバイトに向かわなければならない時間になってしまったので、送ることにした。かっぴーの芝居、一度みてみたかったのだけど、たぶん今見たら自分が惨めになりそうだったから、見たい気持ちと、見たくない気持ちと、ちょうど半分。たいちゃんを見送るのは自分にとって都合のいい言い訳になった。

やっぱり外は暑かった。少し話してからたいちゃんにまたね、と言って店まで送り届けた後、どうしようか困ってしまった。きっと会場に戻っても、僕の居場所はなくてひとりでがんばって楽しむしかないし、このまま家に向かってもなんとなく遣る瀬無い気持ちに襲われそうだし。シャインマートの前で煙草を吸いながら、なぜか泣きたくなっていた。誰か連れ出してくれたらいいのに。ベアキャンでも行こうかな。

とか言いつつも、会場に戻った。ちょうどかっぴーの出番が終わってしまっていて、でも冷めやらぬ余韻に包まれていた。かっぴーはすごいなぁ。きのちゃんが興奮した様子で「ひとりの女の人生を見た!!」と言っていた。どんなだよ、見たくなっちゃったよ。

最後の出演者はなんというか、本格派だった。あー……言語化すると脳が死にそうだったので頭の中でずっとあーーーーーと言っていた。そのせいで歌詞が入ってこなかったのは残念だったけれど、とてもステキなユニット?でした。

終演を告げるアナウンス、どうしようもなくて、はやくおうちに帰ろう、と思った。

 

◽︎新宿patchwork、終演後、帰路

ひとり、ひとりで新宿駅へ向かう間、ずっと死にたいほど惨めな気持ちであたまからつま先までいっぱいだった。僕はダメでした、ここへ来るべき人間じゃなかった、とさえ思った。それでも、来るんじゃなかったとは思えなかった。だって素敵なものがたくさん見れたから。

スシボ。(削除された段落)でも触れたのだけど、僕は本当に愚かでした。かつての暴言、スシボはティモシーの劣化互換、なんて、よくもまあ言えたものですね。スシボはスシボで、ちゃんと生身の人間だった。僕よりずっと生身の人間。なにもしない、なにもできない、なにもやろうとしない僕なんかより、ずぅっと。さしずめ僕は生身のゴミ、略して生ゴミ。ちゃんとギター、弾いてたもんね。たしかに、手元ずっと見てるし、謎にたくさん繋いだエフェクターの使いどころはよくわかんなかったし、直前に見たきのちゃんの世界観に影響されちゃってる感じはしたし、ちょっとキョドッてたけど、ちゃんとかっこよかった。僕は、僕はきっと(たとえギターが弾けたとしても)、スシボみたいにはなれなかったね。友達がいないので、なんてmcで言っていたけれど、客席にはちゃんとスシボの友達もいて、きっと僕よりたくさんの人がスシボのこと好きでいるよ。もしも。違う出会い方ができていたら、僕ら友達になれたかなぁ。でもそんなのはゴメンだね。

小田急線に揺られながら、お得意の世界にひとりぼっち感覚に襲われて、無様にもホロホロと泣いてしまった(感情失禁)。アホかよ。

家に着いたら午前1時を過ぎていた。いつもの精神薬に加えて、抗不安薬を飲んだ。

 

◽︎音楽は魔法ではない。……でも音楽は、

やっすい劣等感をじっくりと味わうと、だんだん自分なんてどうでもよくなってきて、むしろ素直なきもちでいいイベントだったなぁ、と思うことができた。僕はやっぱり音楽なんてたいして好きじゃないみたいだけど、音楽体験を共有するのって楽しいね。って綺麗っぽくまとめたらどんなクソな文章もその向こうの感情もなあなあで許されちゃうんでしょう。甘ぇよ。

墓守と永遠

◽︎せめて恋を

 ぬるくなったアイスコーヒーを少し残して、現実、つまりはこの世界と今の自分をあとにした。みたいな気軽さで全部手放してしまえたら、なんてことばかり考えている。このところ、僕はまた、あの気持ちに取り憑かれている。僕の居場所はここじゃない、ここではない。でも、そんなものどこにもない、てのもわかっていて、じゃあどうしたらいいの、って壁と会話しながら音速を超えるスピードで射出された豆腐の角が頭に命中するのを待っている。全部空想、絵空事

 

◽︎シがふたりをわかつまで

 身体というのは、一生出られない部屋のようなものだよ、といつか誰かが言っていた。思い出すと、途端に息がつまる。ここでしか生きられないというのは、絶望するのに充分なだとおもう。部屋と同じように、箱だともおもう。僕という意識はこの箱の中に収納されて、死ぬまで、この身体が機能を止めて、灰になるまで、ここから出ることはない。僕はこの箱のことがあまり好きではない。なりはヒトのカタチをしてはいるが、おおよそ、ヒトの域には到達していない。不出来な箱だ。

 今おもえば、静岡に来て付き合ったあの人には、箱の中身のことを少しも話さないままだった気がする。僕の箱には欠陥があって、感情がグラグラ揺れ動いてひとときも休まることはない、体調を崩すと現実的なものごとの解釈が困難になる、ごく主観的な視点でしか事象の理解ができない、そんな風にこの箱がダメなことを話した。けれど。寛容であることと興味がないことの間には途方もない隔たりがあるね。きっと彼はなにもわかろうとはしなかった、僕もわかってもらおうとなんてしなかった。

 自分の欠損に自覚的なヒトモドキたちはみんな、欠損をすべて見透かされてしまうことを恐れる傾向にあるってさ。表面上は不都合のないように、あるいは、人恋しさから、もしかしたら、自尊心から、社交的に振る舞おうとする。けれど、本質や根幹にある欠損を見抜かれることを恐れて、自分から離れようとする。だから、健常者たちは困惑する。

 きっと僕は別れを経てなお、彼にわかってもらおうとしなかった自分にそれらしい註釈を付したいだけなのだ。

 

◽︎非国民的アイドル

 6月22日、新宿二丁目で行われたアスパラベーコンナイトへ行った。ちやほやされるために。少しでもちやほやされてこのチャチな自尊心を少しでも満たすために。まあ、わかってたことですけど、一般参加者がちやほやなんてされるわけないんですよね。でも明け方のショータイムでだいすきなどんどこくんが、チップも渡せなかったのに、僕の方をむいて、両手をギュ〜〜ってしてくれたので、全てはどうでもよくなってしまいました、一晩で覚めるような魔法だったけれど、それでもあの瞬間、あの笑顔は僕だけのものだった。推しがかわいく生きている今日がどんな魔法より尊くて素晴らしいな〜〜。

 前乗りして行った金曜のベアキャンで6人に掘られたけど、そんな肉魔法より、どんどこくんの笑顔がずっと特別だとおもうの。めっかわ、だよ。

 

◽︎Q

愛されるような、誰かになりたかっただけ。